ネ タ 蝶 



花の咲くころに(オーデュボンの祈り)

伊坂幸太郎さんの小説「オーデュボンの祈り」のED後。
物凄くツボにストライクしたお話でした。桜がかっこいい。
「明日、戻ろうと思うんだ」 
 桜はいつもの場所でいつもの体勢でいつもの詩集を読み、そしてやはりいつものようにこちらを見ることもせず「そうか」と言った。 
 テーブルの上に銃が置かれているのもいつもの事だが、初めてそれを見たときの恐怖感は、もう無い。 
「本当はこの島で生活するのも良いと思っていたんだけど」 
「外の世界はこの島に無いものであふれている」 
「けれど、もうこの島には音楽があるじゃないか」 
「では、なぜ」 
 戻るのか、とは桜は口にしなかった。 
 相変わらず目は詩を追っていて、彼はその世界に足をつっこんだままだ。 
「もう逃げるわけにはいかないし、僕のこの島での役目は終わってしまった」 
 桜はまた「そうか」と言った。 
 彼とはもっと話したいことがあったような気がするが、これ以上会話が必要ない気もするから不思議だ。このリアルの薄い荻島で唯一人を殺す「役目」の桜は、しかしそれを役目とは微塵にも思っていないことは確かだ。彼の中で人間は価値のないもので、僕との出会いにも価値は感じていないだろう。 
 とりあえずこれで別れは済んだ。少なくとも、そう思う。思うことにした。 
「それじゃあ」 
 背を向けて、彼が花の種を埋めたという場所を踏まないように避けてその場を後にした。 
 十歩ほど進んだところで「また」と聞こえた。 
「また、何だって?」 
 振り返ると、桜が立ち上がっている。 
「また、来るのか」 
 それは来て欲しいという希望でも二度と来るなという拒否の言葉でもなく、単純な問いのように聞こえた。だから「わからない」とだけ答える。 
「まだ芽すら出ていないこの花を、おまえは見に来るか?」 
 桜の足元には花壇とは呼べない土の盛り上がりがある。若葉という少女がくれたあの種は、一体どんな花を咲かすのだろうか。 
「花は見てみたいと思うけど」 
「その頃にはきっと桜も咲いている」 
 ふと、彼が本当の桜になりたいと言ったことを思い出した。 
「あなたが?春に咲く桜が?」 
「俺は、本当の桜になりたいんだ」 
 彼がまた同じことを言ったので、ふふ、と笑いがこぼれる。 
「どちらも見てみたい。でも、未来のことは優午じゃないからわからない」 
 桜はやはり表情を崩すことはなかったが、少しだけ、ほんの少しだけ目を和らげて「そうか」と言った。 
「僕がまたこの島にやって来るとき、何か持ってきて欲しいものはあるかな」 
「外のものは騒がしい」 
「でもこの島にはもう音楽があるだろう」 
「……あれは、騒がしくない」 
 静香が奏でたサックスの音を聴いても、桜は銃をかまえたりはしなかった。 
 
 もう会話は必要なかった。 
 軽く手を振って彼の家を後にした。桜が見送ってくれるとは到底思えなかったので、振り返りはしなかった。 
 きっと彼はまた詩の世界で花が咲くのを待ちながら生き、本当の桜になることを望み続ける。その合間に耳障りな人間を殺し、そうしてまた詩の世界で生きるのだ。 
 そのくらいは優午じゃなくたってわかるさ。 
 
「花の咲くころ、か」 
 
 コンビニ強盗の罪はいかほどなのか、そしてそれは春までに許されるような罪なのか、頭の片隅で本気で考えている自分が妙におかしかった。

>> DATE :: 2009/11/18 Wed


異郷(ティアクライス)

リウは帝国離反前にはもう異世界の種族のことをいろいろ考えていたと思います。
そして自分(=スクライブ)のことも。
 友人は屋上に佇んでいた。彼は人間とは違う容姿をしている。異世界からやって来た彼と同じ容姿をした者はこの世界にはいない。 
 友人はこちらを見つけると片手をあげた。 
「リウ、そろそろ出発か?」 
 ラザの砦の奪還戦が始まる。一度は帝国のずさんな作戦のせいで大敗を喫したが、そのおかげもあって彼とこうして顔を合わせているのだから出会いとは不思議なものだ。 
 今度の作戦はこちらが主導を握らせてもらうのだ、きっと成功する。けれど団長は作戦そのものよりこの友人を元の世界へ帰すことを重要視している。 
 そう言うと、彼はからからと笑った。 
「クレインはやっぱりクレインだなー」 
 この快活なロアの友人はいつも屋上にいた。見えるはずのない、自分のいた世界を探していたのだろうか。早く帰らなくてはならないと言っていた彼は、しかしこの世界で自分たちへの助力を惜しむことはしなかった。その気概は団長とよく似ている。 
「じゃ、オレも準備してくるよ」 
 遠くの景色に背を向けた彼に、ひとつ尋ねてみようとふと思い立つ。 
 彼が眺めていた方向にはポーパス族のいるナイネニスがあった。ここからあの巨大な貝殻が見えるわけではないが、景色はよく覚えている。海岸と逆側にはひとの進入を拒む深い樹海があるのだ。 
「――リウ?」 
 不思議そうに首をかしげる彼には、やはり何でもないと笑って誤魔化した。そうかと笑い返して階段を下りてゆく友人の背中を見送り、それから遠いナイネニスのさらに向こうへ視線を向けた。 
 
 だって、訊けるわけがない。 
「クーガの世界にはスクライブって種族、いた?」 
 訊けるかそんなこと。というか、訊いたところで意味なんてない。 
 そう、ないんだ。まったく。 

>> DATE :: 2009/05/07 Thu


セイクリッド・スクライブスafter(ティアクライス)

「セイクリッド・スクライブス」、むしろ幼なじみの恋に5題「あの日の約束を今」の続き。
レン・リインとマリカは仲良しだと嬉しいなぁ可愛いなぁ。
で、このあとリウは「なんでアンタのせいで私が赤くなんなきゃなんないのよ!」と八つ当たりを受けます。
 本来の持ち主の手に渡った石を空にかざしてにっこりと笑った。宝石などと高価なものではないそれは、陽に透けて光を放つことをしない。ただ彼女の白い頬に影を落とすだけの存在だ。 
 それでもきれいと思えるのは決して贔屓目ではなかった。この石には彼の、離れていた間の大切な記憶が刻まれているのだ。 
「見分けなんてつかないけど、それがレン・リインの石?」 
 さんざん、おめでとうと祝福してくれた仲間たちから少しはなれた場所で、そう訊いてきたのはマリカだった。この石の中には彼女との思い出も詰まっているのだろう。 
 けれどそこには嫉妬や悔しさといったものは欠片もなく、レン・リインは穏やかに首をふった。 
「いいえ、これはリウ・シエンが持っていたものです。もっとも元々この石を拾ったのは私なんですけど」 
「あら、じゃあ交換してたってこと?」 
「はい。子供の頃の他愛ない約束ですけど、これをお互いだと思えば離れていても一緒にいられるという意味で」 
「―――あのリウが、ねぇ」 
 引き攣ったマリカの表情には「あのヘタレがどの口で」というのがありありと出ている。 
「でもさ、何でまた交換したの?交換っていうより本来の持ち主のところへ戻っただけなのかもしれないけど」 
「ああ、それは……」 
 くすりと笑って、レン・リインはもう一度石を眺めた。 
 先ほどリウにこの石は二つともレン・リインのものだったと言われた。これを拾ったときのことを思い返してみても、やはり二つとも自分の物だったことはない。意味が分からず問い返しても、曖昧に笑って誤魔化されるだけだった。そして「おまえはそれでいーんだよ」と言う。 
 だがレン・リインはそれ以上のことはもう何も訊かなかった。リウがそれでいいと言うのなら、自分もそれでいい。何よりもそれに続けられたリウの言葉だけで、この石の意味は充分に果たされた。持ち主などもはやどうでも良いのだ。 
 
「リウ・シエンが言ってくれたんです。もうお互いの石を持つ必要はない、これからずっと離れないで一緒にいるんだから、と」 
 
 そのときのレン・リインの幸せそうな表情は、見事にマリカの顔を赤くさせた。 

>> DATE :: 2009/04/13 Mon


赤紙回避のある日常(ティアクライス)

ED後、珍しくリウレン以外のネタで。
ロベルトと団長とリウの組み合わせってありそうで無いよね。
だいすきです、この三人。
 よく誤解をされるのだが、アストラシア王室騎士団から出向という立場は決して暇ではない。そう、断じて暇ではないし、ましてや道楽でもないのだ。国内の情勢安定の他にサイナスの復興にすら着手している本国は、グリュイエール団に協力するほどの余力は実はまだ無いに等しい。むしろ手を借りたいくらいなのに、出向を許されているのは一重にクロデキルド陛下とここの団長の繋がりのおかげだ。メルヴィス騎士団長あたりは両団の良好関係の維持に努めるべく云々と今後のことも考えていそうだが、いずれにせよロベルトは彼らの信頼を裏切らないように成すべきことをこなしていた。 
 今日も今日とて彼は鍛錬もそこそこに本国への報告書類の作成に勤しんでいた。定期連絡が滞れば、いつ騎士団から「帰還命令」の赤紙が届くか分からない。ちなみに赤紙とは実際に赤色の紙かどうかは不明で、単純にこの城の連中がそう言ってからかっているだけである。 
 その報告書をとりあえずここの団長に目を通してもらいファラモンへ一時帰国する予定がロベルトにはあったのだが―――何故か、今に至る。 
 
「昼過ぎまでには読んでおけと言っただろう!」 
「だってオレこういうの良くわかんねえし。だからリウに頼んどいたんだけど」 
「オレのせいかよー。クレインがこの書類寄こしたのってついさっきじゃん」 
「いや、最初はオレも目を通した方がいいかなと思ったんだって。一応な」 
「……けど、結局良くわからなかったと」 
「おー」 
「何でもいいからさっさと目を通せ!」 
 
 ハイハイやりますよー、と気のない返事をしながら書類をめくり始めたのは結局リウだった。ロベルトもクレインがこういう事務的な処理に向いているとは思っていないので、「もっとやる気を出せ!」と怒鳴りつつもまあこれはこれでいいかと納得した。 
 けれど数刻後、ロベルトは自分の言葉を撤回したいと思うことになる。 
 普段からお調子者でバカをやっている姿ばかり見ているから忘れがちだが、リウはこのグリュイエール団の参謀だ。頭はキレるし、細かいことまで気がつく。 
「ハイ、二枚目に誤字脱字が二箇所。三枚目に文法がおかしいのが三箇所、五枚目はオレなら目を瞑るけど相手はクロデキルドさんだし全体的に書き直した方がいーかも」 
 平然とした顔で書類をつき返してくるリウ。 
「さっすが軍師!こういうの早いよな」 
「へへっもっと褒めてくれてもいーよ。ついでに仕事量減らしてくれると嬉しいんだけどなー」 
「ムリ」 
「即答っ!?」 
 そんな呑気な団長と軍師の会話に突っ込みも負け惜しみも言えず、ロベルトはただ黙って添削済みの書類を受け取るしかなかった。 
 確かに正規の書類なのだから然るべき人――少なくともリウは自分やクレインよりはずっと適正だ――に誤りを指摘してもらうのはロベルトにとっても非常に助かることだ。 
 だが物事には限度というものがある。 
 
 まさかこの後、更に七回もリテイクが入るとは。 
 
「最初より指摘箇所が増えてるじゃないか!」 
「知らねーよ。ロベルトの集中力が切れてきたって証拠だろー?」 
 
 またもや平然とした顔で書類を付き返してくるリウ。まもなく「お疲れさま」とお茶を運んできたレン・リインと楽しそうに話を始めてしまい、ロベルトはちくしょうと心の中で毒づきながら書類の書き直しに戻るのだった。 
 ちなみに団長は四回目辺りからすでにいなかった。言うまでもなく、飽きたのだろう。 
 
 
 なんとかリウのお墨付きを貰ったのは翌日のこと。 
 大急ぎで提出したその書類を目を通したアストラシアの宰相が 
「ロベルト殿は文官の才もおありで……ああ、グントラム感動です……!」 
と、ひっそり感激の涙を流していたというのはまた別の話。

>> DATE :: 2009/03/27 Fri


朝が来る前(ティアクライス)

ED2〜3年後くらいでいいかな。
シチュエーションは深読みして頂いて結構です。
 
 先に目を醒ましたのは僥倖だったか。 
 
 なかなかこうして寝顔を見れる機会なんてないしさー、と心中で呟いて、まだ隣で穏やかに寝息を立てる彼女を見ては頬を緩めた。いつも決まって先に起きるのは彼女の方なのだ。目を開けて最初に映るのが彼女の笑顔で、最初に耳にするのがおはようという彼女の声で――それはもちろん贅沢だと思えるくらい嬉しい。だけどたまには逆もいーじゃん?と思えるのは、こうして互いの想いを確認し合った仲ならではの特権だから。 
 額にかかる髪をそっと退けてみると、まるで額飾りのように位置する線刻が露わになった。成人の証であるそれは無心に触れ合っていた幼い頃には当然なかったもので、だから今、世界で一番近くにいる距離でそれを眺めるのはとても気恥ずかしい。けれどこみ上げる愛しさはどうしようもなく、ひとり顔を赤くしては、彼女を起こさないように腕の中に抱きこんだ。 
 彼女の身体はとても細い。もともとスクライブは人間と比べて細身ではあるが、彼女はその中でも更に細い方ではないかと思う。だが不思議なことにその華奢な身体は触れるととても柔らかくて、強く抱けば折れそうというよりも壊れてしまうのではないかと少し怖くなるほどだった。そして冷たい印象のある肌はぬるま湯にたゆたっているかのように温かいのだ。 
 やっぱり女の子だもんなーと、ひとつひとつ自分との違いを実感しながら、彼女を離すことは決してしない。だって、愛しくてたまらないのだ。普段はてきぱきと身の回りのことをしてくれているしっかり者の彼女が、こうして腕の中でただ寝息を立てているのを見てしまえば、どうしたって包み込んでいたいじゃないか。そんな理屈抜きにしたってオレには昔からこいつだけだけど――と口に出すのはまだ憚られるが、せめて心の中で自信を持って宣言できる程度には、ヘタレから脱却したとこっそり自認する。 
 さて、朝はまだ遠い。ずっと彼女の寝顔を見続けていても良いし、このぬくもりの中でもう一度寝なおすのも幸せな選択だ。さあどうしようかと再度彼女を抱きなおすと、ふと彼女が身じろいだ。 
 マズッ起こした? 
 焦って彼女を覗き込めば、長い瞼は頬に影を落としたまま。ほう、と安堵の息を吐いたが、しかし次の瞬間には全身を固まらせることとなる。 
 彼女のくちびるが微かに動いた。 
 
「リウ・シエン…ずっと、ついていくから……ずっと…」 
 
 それは眠りの中で呟かれた声で、とてもちいさくてふやふやと柔らかい。けれどこの静けさの中ではひとことだって聞き間違えようもないわけで――つまるところは惚気でもなんでもなく、この腕の中の彼女は自分の夢を見ているということだろうか。 
 一瞬で身体中の熱が顔に集中するのを感じた。ここに鏡がなくて本当に良かったと思う。きっとそれにはこれ以上にないほど赤い顔が映っているのだろう。ただの寝言なのに、その先に自分がいるということがこんなにも恥ずかしいなんて。 
 恥ずかしい? いや違う。 嬉しいんだ。 
 ともすれば意味のない言葉を叫びたくなるほど、浮かれている。彼女がいなければその場でごろごろと転がり回っていたかもしれない。それほど、嬉しい。なぜ?わからない。要するに今この瞬間がとても幸せなだけということか。先に目を醒ました僥倖は、こんなところまで続いていたのか。 
 オレ、脱・ヘタレなんて全然できてねーじゃん! 
 
 彼女が起きる気配はまだない。そして、朝はまだ遠い。 
 けれどリウはもう寝なおす気にもなれなかったし、レン・リインの寝顔を見るだけでは少し虚しくなってしまった。そっと白い頬を撫でれば愛しさがつのる。熱をもった顔はまだ落ち着かないけれど、彼女と目を合わせて話をしたい。なんでもいいから、声を聴きたい。 
「レン・リイン、早く起きねーかなー…」 
 そうして先ほど名を呼んでくれたそのくちびるに自分のそれを重ねてみる。 
 決して起こしたいわけではなかったので、彼女がそれで目を開けなくても、まあいい。ただ幸せそうな寝顔にはなぜか嫉妬に似た感情が沸き上がる。くそぅと毒づきながらも、おそらく、今の自分は彼女にも負けないくらい幸せそうな顔をしているのだろう。こんな顔は恥ずかしくて見せられない。 
 早く起きて欲しい、でもこの顔をなんとかするまで待って欲しい。そんなずるい思いがリウの中で葛藤する。それが我侭なのかエゴなのかは、今この時は考えないことにする。 
 少なくともレン・リインのおはようという声が聴こえるまで。 

>> DATE :: 2009/03/05 Thu




[<back] [1][2][3][4][5][6][7][8][9][10] [next>] Total 47 6..10 [Home][Admin]

>> Note v2.4.2 Powered By Cubix