貧 乏 く じ な 彼 ら
- 後 編 -
「やっぱり俺って運が悪いのかも……」
フリックのぼやきはカミューの笑顔で一蹴された。
「そんな今頃になって落ち込まれることはないですよ。ルック殿も言ったようにそれはフリック殿の個性であり、それがなければフリック殿ではないのですから」
「―――フォローになってないが、わざとか?」
「いや、まさか」
いや、わだとだ。
フリックは確信したが、あえて何も言わなかった。人を黙らせる効果を持つカミューの笑顔は、どうやら女性以外にも適応するらしかった。
フリックが自分を不運だと嘆くのも仕方がない。彼らが遭難――ルック曰く「迷子」だが、美青年隊はがんとしてそれを却下した――してから早数時間が経つ。クラウスの案で曲がり角という角には全て印をつけてきたので、おそらく同じ道が通ってはいないのだろう。しかし自分たちの進むこの道が、入り口に向かっているのか出口に向かっているのかは誰にもわからなかった。
当然、この現状から脱する案はいくつか出された。しかしそれはどれもルックに関係することから、尽く却下されてしまった。
その一、リーダーの案。
「ねえ!そういえばルックって風使いだよね?風の向きとかで入り口の方向とか分かんないかな?」
無邪気なに、ルックは嫌味ったらしく長い息を吐いた。
「…君も結構バカだね。何でここが風の洞窟って呼ばれてるか気が付かないわけ?」
「あ」
彼らの周囲には確かに風の流れを感じられる。しかしそれは前方からだったり後方からだったり、更には岩の割れ目からも来るのか壁があるのにも関わらず横からも感じられた。
「これだけ風が入り乱れてたら、僕にだって分からないないよ」
その二、クラウスの案。
「ルック殿は空間移動の術を心得てますし、先に本拠地に戻り救援を呼んで来て頂くというのは…」
「あーダメだ、クラウス、それだけは止めとけ」
シーナが真っ先に反対した。
「このこまっしゃくれのことだ、戻ったら戻ったで俺らを放置するのは確実だぞ。で、一週間後くらいに思い出したかのようにやって来て『やあ(まだ)生きてたの』とか言うんだぜ、絶対!」
はルックが初めて本拠地にやって来た時、フリックとビクトールに言った言葉を思い出した。
フリックも同じことを思ったのか、口元が心なしか引きつっていた。
「それに、いないよりはいてくれた方が役に立つしな。ルックだけは首に縄をつけてでも連れといた方がいいって」
空間移動できるなら縄をつけても意味がないとは思うが、シーナの熱弁は妙に説得力があった。全員が納得すると、
「――なんだ、僕って結構信用ないね……」
ルックはそう言って鼻で笑った。それが原因なんだよ、と(心の中で)ツッコミを入れなかった者はいない。
その三、シーナの案。
「んじゃルックが…」
「嫌だね」
彼にいたっては意見を言う前に却下された。
「大体さっきから何なのさ。これだけ人数が揃っていながら頼れるのが僕だけって情けないと思わないわけ?」
ルックの言うことはもっともだった。このメンバーの中で、自分(とリーダー)はどう見ても最年少だ。あえて言葉にはしないが、子供に頼る大人ほど情けない且つ格好悪いものもない。
「まったく…こんな状況じゃ騎士のなんとやらは全く役に立たないし、」
マイクロトフががくりとうな垂れ、カミューがぽんと肩を叩いて慰めた。
「副軍師の軍才は戦争中にしか発揮できないらしいし、」
クラウスが「す、すみません!」と頭を下げた。
「バカはどこまでいってもバカな上に喧しいし、」
シーナはに「君のことだよ」と言われるまでまったく自覚がなかった。
「まあ運が悪いのは誰かさんの個性らしいし?」
フリックは「お前にだけは言われなくないぞ!」と愛剣オデッサを抜きかけた。
「―――とりあえず、みんな揃って役立たずだってわけだね。あーあ、気の毒だよ。君の星周りはこんなのばっかり、同盟軍はお先真っ暗さ」
いけしゃあしゃあと言葉を並べるルック。
この瞬間、誰もが思った。
ルカ・ブライトよりもまず、このこまっしゃくれた魔導師を滅ぼしたい、と。
実際のところ、真の紋章持ちに逆らえるはずもなく――リーダーも真の紋章持ちだがいまいち威厳に欠けていた――結局はある程度の戦闘を覚悟しながら先に進もうという、フリックの堅実的な案が採用されることになった。…「先」と呼ぶものが「後」だったかもしれないのだが。
「それにしても暇ですね……」
呟いたのはカミューだ。歩きながら親指と人差し指で顎をはさみ溜め息をついた。手にしていたユーライアはいつの間にか鞘の中に収められている。
「ああ、確かにな。俺たちって一体何やってんだろな…」とフリックが頷くと、
「まったく、これではますます騎士の意味がなくなるではないか!」とマイクロトフは悔しがった。
とはいえ、二人の愛剣もカミューと同様に鞘の中にある。
そう、彼らは暇だった。三人とも剣に関しては腕に覚えのある人間であるし、なんといっても同盟軍のリーダーが一緒だ、彼を無事に本拠地まで連れていかなくてはならないことは暗黙の了解だ。戦闘を覚悟してとりあえず剣を手にして道なりに進んでいたのだが、しかし魔物は一向に現われなかった。
フリックがふわぁと欠伸をした時。
「何であんたらはヒマそうなんだ!」
シーナの悲鳴が響いた。
そう、確かに魔物は現われなかった。正面からは。
「そうだよ!またこっちばっかりー!!」
がぼやきながらもトンファーを構える。いつの間にか後衛三人(と副軍師)の前…というか後ろに魔物が現われ、ケタケタと厭らしい声で笑っていた。
「おいルック!お前も魔法詠唱してるんだろうな!?」
「なんで?」
ルックはシーナの怒鳴り声に心底煩そうに顔をしかめながら言った。
「こんな雑魚一匹、君らの力だけで充分だろ。僕の魔力を消費するまででもないよ」
「………」
もはやぐうの音も出ない。このルックのこまっしゃくれた根性、否、俺様っぷりは味方が危険にさらされようと何も変わることはなかった。
「と、とりあえず片付けちゃおう!」
が気を取り直し、魔物に突っ込んでいく。シーナもちっと舌打ちをしたものの、彼に続いて剣を抜いた。
そして、ルックの言うようにさして強い魔物でもなかったため、この戦闘はすぐに終わった。
「――これで五回目だよ?どうなってるんだろう……」
はぐったりとその場に座り込んだ。
「くっそー、せっかく後ろでラクできると思ったのに…」
「…なんだ、やっぱりそれが本音かい」
「あ〜もう、お前のツッコミだけはマジでむかつくんだよ!」
ルックに言い返せるだけ、シーナはまだ元気そうだ。
魔物は出るくせに、美青年隊が暇を持て余しているのは一体何故か。
それは不思議なことに後衛ばかりが背後から襲われるので、前衛である彼らが戦闘に出れないからだった。つまり、Sレンジ前衛の三人が一気に後衛に回ってしまうということ。の言う通り、五回も同じことが続いた。
「だが三回目…くらいだったか?正面から魔物が出たこともあったじゃないか」
「……その時だってフリックさんたちは剣を抜いてないじゃないか」
「ああ、何かおかしいと思ってオレらが前に出て歩いてた時だったしな」
とシーナから批難がましい目で睨まれ、フリックは「俺のせいじゃない」とぼやいた。
「ルックも運の悪いヤツだからな、案外こいつのせいなんじゃないか」
「しかし、もし仮にその通りだとしても、その割にルック殿は無傷なようだが…」
マイクロトフの疑問はもっともだった。後衛向きのルックが前衛になっているのだ、怪我をしていても不思議ではないはずだ。しかし、当のルックは無傷で疲れた様子も全くない。魔力を一切消費していないのだから疲れていないのは当然といえば当然なのだが―――
「誰かさんの悲しい性(さが)だよ……本当に可哀相な男さ」
「だーっ!お前が言うなルック!!」
ルックとシーナの会話は漫才みたいだ、とは時折思う。そして今回もそんなことを思いながら、青騎士の疑問に対し丁寧に簡潔に答えた。
「マイクロトフさん、シーナがルックを庇っちゃうんですよ」
誰もが理由を聞かずとも「ああ」、と思った。シーナの女好きという天性に原因があることは明白だったからだ。
大方この野郎ばかりのパーティにおいて、女顔のルックが知らず知らずの内に戦場の華になっているのだろう。確かにルックは喋らなければ美人だ。しかし男だ。シーナも頭では理解しているのだろうが、勝手に身体が動くのだろう。天性とは恐ろしいものだ。
「シーナ、お前…」
フリックが同情と軽蔑の入り交じった複雑な表情で彼を見た。しかし、
「でもコイツときたら、庇ってやっても礼の一つもないんだぜ?」
「だって僕頼んでない」
「…かっわいくねぇガキ!」
「君に可愛いと思われても迷惑なだけだよ」
ルックもシーナ本人も、彼の天性については大して気にしていないようだった。そして、
「まあ運の悪さで魔物が来るというのであれば、ルック殿だけではなくフリック殿にもふりかかる災難なわけですしね」
と、カミューの笑顔でこの話題はあっさりと打ち切られた。
更に数時間後、やはり迷子の男たちは洞窟の中を歩いていた。
「……やっぱり俺って運が悪いんだな…」
「ですからそれはフリック殿の…」
「もういい、お前は何も言わないでくれ、カミュー…」
彼らは迷っているわけではないのかもしれない。ただ入り口も出口も見当たらないというだけのことだ。しかしフリックのように数々の災難を浴び続けた男にとっては、やはり自分の運命…というかステータスを呪わずにはいられなかった。
「俺たちがここにいる意味って、どこにもないんじゃないか…?」
ぼやくフリックの背中では、彼の言葉が裏付けられる会話が展開されていた。
「オレらばっかり狙われてるのって、やっぱりルックの運の悪さのせいじゃねーのか?」
「違うよシーナ、カミューさんも言ってただろ? それだったらフリックさんが狙われたっておかしくないよ」
「それにしたって前の三人は全然役に立ってないしさー」
「うーん、でもねぇ…」
「………」
「どうしたの、ルック?」
「――…君らって本当によく喋るよね。 聞いてるこっちが疲れるよ」
「……(こいつ、こいつだけはもう…!)」
やはり若さなのだろうか、後衛の彼らはよく喋る。疲れるなどと文句を言っているルックですら、よく喋っていると美青年隊は思う。相変わらず戦闘に巻き込まれるのは彼らばかりだったが、それでも彼らは元気だ。
それに比べ、自分たちは戦闘もなければ陽気に――少なくとも彼らの会話は陽気だと思う――喋り続けるほどの若さもない。カミューは変わらず笑みを浮かべ続けてはいるが、自分とマイクロトフなんかは何のためにこの場にいるのか分からなくなってきた。そしてその原因を辿っていくと…やはり自分の運が悪かっただけではないか、とフリックは肩を落とすのだった。
「でも…そろそろだと思うんだよね。 ねぇフリックさん、この洞窟ってこんなに長かったっけ?」
が訊ねた。
「いや、距離的にはそろそろ入り口か出口が見えてもいいと思うんだが――…」
「だよねぇ」
この洞窟に入ったことがある二人はうーん、と首を傾げた。余計な戦闘のせいで時間は食ったが、歩いた距離からすればそろそろ開けたところに出てもおかしくはないのだ。すると、
「……これは何だ?」
先頭を歩いていたマイクロトフが何かを見つけたようだ。
「風が吹き出してる……」
「ああ、そうだな」
赤騎士も並んで彼の視線の先を見た。
それは横から強風が吹いていて、そのまま通れば風下にある横穴に吹き飛ばされてしまうような創りになっている道だった。自然の脅威なのか、あるいは人工的なものなのかは知らないが、とりあえず先に進もうとする者にとっては迷惑極まりないことには違いない。……のだが、
「あ、この道は僕知ってる!」
「ああ、俺にも覚えがあるな」
どうやらとフリックはこの道の攻略方法を知っていたらしい。この岩を動かして風の通り道を塞いで――、と簡単に道を作ってしまった。
「ここからは僕も道を覚えてるよ。出口も割と近いんだけど、その前に入り口まで飛ばしてくれるお爺さんがいるんだ」
の記憶は彼らにようやく希望をもたらした。出口でも入り口でもいい、とにかく外に出れば瞬きの手鏡が使える。
よし、その爺さんを探そう! 全員――特にシーナとフリックだった――が拳を握りしめた、その時だった。
「う、うわあああああ」
前方から悲鳴が聞こえてきた。全員の脳裏に嫌な予感がよぎる。
「まさか、あのお爺さん!」
「襲われてんじゃねーだろな!?」
我先にとみんな一斉に駆け出した。
その場所は彼らがいた場所より大して離れた所ではなかったが、誰もが脳裏に浮かべた光景そのものがそこにあった。の言う通りそこには老人がおり、案の定魔物に襲われていた。
「ようやく出番だぜ、オデッサ…!」
「騎士の誇りと力、今こそお見せしよう!」
どう見ても、正面に構えるその魔物は自分たちの獲物だ。(認めたくはないが)迷子になってから数時間、一度も剣を振るうことのなかったフリックとマイクロトフ。彼らは意気揚々と愛剣の柄を握り締めた。そして、そして―――…
「我が手に宿りし風の力よ、刃となりて敵を切り裂け」
―――後に、はナナミに「やっぱりルックって凄いよ〜」と語って聞かせることになる。
全ては一瞬だった。二人の剣士が剣を抜くそれよりも早く、彼の詠唱は完成していた。
「……遅いよあんたたち。訓練不足かい?」
魔物の醜い断末魔の後に、唖然としている剣士二人に言い捨てたルックの言葉がこれだ。彼の詠唱の早さは何にも勝る。
「お、お前…今まで突っ立ってるだけだったくせに……」
「くっ…騎士とは一体、一体――…!!」
膝をついて悔しがる二人だったが、カミューの「気にすることはないさ」の慰めは耳に入りそうもなかった。
当の老人は、やはりこの場所にいることによって同じ目に遭うことは多々あると言った。それでもこの場を動かないという彼は、入り口に戻りたいという彼らを快く送ってくれた。
「はぁ、ようやく外に出れた……」
開口一番にもれたの安堵の言葉は、その場にいる全員の心中を代弁したものだった。
「そうですね、やはり閉所や暗所よりは安心できます」
「お、クラウス、お前が口を開くのも久しぶりだな。戦闘中はずっと静かだったもんなー」
そういやそうだ、と皆は笑った。クラウスが戦闘メンバーではないことをみんな承知していたし、もともと虚弱な子供だったとキバ将軍が酒の席で話していたこともある。基本的に彼は冒険には向いていないのである。
「そうですね、やはり魔物が出る場所にはあまり出向きたくはないですね……」
そう言って、クラウス自身も笑った。
それでは、いざ我が本拠地へ! が張り切って瞬きの手鏡を取り出すほんの少し前、
「バレなくてほっとしてる? 副軍師さん」
クラウスは突然話し掛けられ、ぎょっとして後ずさった。ルックが「僕は知ってたけど」と面白そうに自分を見上げている。
「ル、ルック殿……い、一体いつからですか…?」
「二回目、くらいかな。 風は使い勝手が良いんだ。攻撃や守りだけじゃなく、情報収集にも使える」
「……このまま内緒にして頂けると助かるのですが」
思わずクラウスは小声になったが、ルックは気にせずサラリと言った。
「僕はいいけどね。でも自慢になると思うよ?自分は魔物に好かれる体質なんですっていうのは」
迷子の七人が無事に本拠地へ帰還した時、は誰かの深い溜め息を聞いたような気がした。
END
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