貧 乏 く じ な 彼 ら
- 前 編 -
「――…こんな事態が起こっても仕方ないってことは覚悟していたつもりだが…」
「しかしフリック殿とて、まさか自分がパーティに入っている時に限って、とは思っていたのでしょう?」
「おいカミュー、俺はまだ状況を掴めていないのだが…」
「あ!あんた直情型だから突然のことに対処できないタイプだろ?ダメだな〜ちょっとはオレみたいに順応性ってやつを――」
「君のはただ喧しいだけだっていい加減気づきなよ」
「とりあえずいつまでも此処にいるのは得策ではありません。いかがしましょうか、様?」
六人分の視線が一斉に、まだ若い同盟軍リーダーに集中した。
「う、うん…そうだね……」
彼の笑顔は過去たくさんの希望をもたらしてきたが、今の苦笑いは何の救いにもならなかった。
彼らは今、非常に困っていたりする。とりあえずこの場にいるのは、リーダーであるを筆頭にフリック、カミュー、マイクロトフ、シーナにルック、そしてクラウスの七人。お気づきの通り、通常パーティよりも人数が多い。それもそのはず、クラウスは戦闘メンバーではない。
しかしクラウスが原因で困っているわけではなかった。彼はどちらかといえば――いやこれは確実に――被害者だ。そして、ここにいる誰が悪いのかといえば…誰も悪くなかったりする。強いて云うなら運の数値の低いルックとフリックのせいなのかもしれないが、今回それはあまり関係ないような気もするので、あえて誰も口には出さない。出したところで切り裂かれるのがオチだ。
ならば何故、彼らは困っているのか。
結論から言うと、彼らはビッキーに目的地とは全く違う場所に飛ばされたのだ。
わずか数分前、彼らは本拠地・ビッキーのもとに集まっていた。ハイランドの狂皇ルカ・ブライトとの決戦に備えるため、武器を鍛えにクスクスの街へ向かうところだった。一気に全員で行くことは不可能なので、が五名ずつ連れていくことになっていて、最初に選ばれたのが上記のクラウスを除いた五名だった。
クラウスが声をかけてきたのは、フリックがビッキーに「クスクスの街まで頼む」と言う直前だった。彼はシュウより預かってきた書類をに渡そうとしただけで、次の瞬間に起こることに対しての策など用意していなかった。が書類を受け取った瞬間、それは起こった。
「えいっ!…あ、あれ?」
ビッキーの可愛らしくも間の抜けた声が聞こえたかと思うと、七人は明らかに街中ではない場所にいた。
クラウスは人の良さそうな笑顔で書類をに差し出した姿で。
は彼に連られて笑顔でそれを受け取った姿で。
フリック、元マチルダ青赤騎士団長の二人、シーナはきょとんと呆けた顏をして。
唯一、瞬時に状況を理解したルックは青ざめた表情で眩暈のするこめかみを押さえて。
七人は、どう見ても洞窟の中としか言えない場所に立ち竦んでいた。
そして、冒頭の会話に戻る。
が記憶にあるということで、この場所は風の洞窟であることが判明した。以前ビクトールがこの洞窟に星辰剣を捨て、もとい置き去りにした時にフリックも同行していたらしく、彼もの記憶に同意した。
しかし現在地が分かったところで、本拠地へ戻るための「瞬きの手鏡」は外に出ないことには使えないのだから、とにかくこの洞窟内から脱出しなくてはならないという事実に変わりはない。本拠地よりさほど遠くない場所に飛ばされたのは幸運なことだったが、「すり抜けの札」を誰も持参していなかったのは、やはり不運なことだった。そして、今立っているこの場所が入り口からも出口からも離れている中層部だという事実も、やはり不運としか言いようがなかった。
「しっかし、よりによって女の子のいないパーティで飛ばされるとはねぇ……」
野郎ばかりの顔ぶれを見渡して、シーナは盛大に溜め息をついた。今問題にしたいのはパーティの面々ではないはずなのだが、彼の思考回路は全て「女の子」で埋め尽くされていることは周知の事実なので、あえて誰も何も言わない。
「では、この洞窟内の道筋を知っているのは様とフリック殿だけということになりますね」
シーナを完全に無視して状況を整理しようとしているのはクラウスだ。さすがは副軍師、対処の仕方が冷静だ。
「ああ。しかし俺がこの洞窟に来たのは何年か前の話だしなぁ……実をいうと、道はよく覚えてないんだ」
「僕も以前来た時はビクトールさんの後に付いていっただけだし……」
フリックもも申し訳なさそうに肩を竦めたが、ルックの「…役立たず」の呟きには二人とも少しキレかけた。
「――よし、大体の状況はわかった!」
元青騎士団長が一人納得したように剣を取り出した。今更状況を理解したところで遅すぎるというツッコミも、当然この場では皆無だ。
「我らはビッキー殿の手違いでこの場所に飛ばされた。しかし、それが一体何の問題になろうか?我らには幸いにして長けた戦闘能力がある!道筋などこのダンスニーを以ってすれば――」
「まぁ落ち着けマイクロトフ。我々騎士とはいえ、世の中には剣を以ってしても遂げることのできない事柄が一つはあるものだ…」
これが相棒を落ち着かせる戦法なのか定かではないが、カミューはにっこりと微笑みながらマイクロトフを宥めた。シーナはこれが城中の女性を騙している元赤騎士団長の裏技かよ、と人聞きの悪いことを思ったが、口にすると負け惜しみのような気もするのであえて黙っていた。
「とりあえず、わたしもカミュー殿の意見には賛成です。マイクロトフ殿をはじめ、ここにいる皆さんの戦闘能力の素晴らしさはわたしも把握しております。しかし今回の事態においてはむしろ仇となってしまうもので――」
「何でだよ、クラウス?」
「……シーナ殿、わたしは皆さんの戦闘能力を把握していると言ったばかりですよ。」
「だから何か問題でもあんのかよ?」
頭の中にはすっかり「???」が並んでいるシーナに小さく溜め息をつくと、クラウスは書物の一説を読むかのように淡々と言葉を繋いだ。
「様Mレンジ、フリック殿Sレンジ、カミュー殿Sレンジ、マイクロトフ殿Sレンジ、ルック殿Sレンジ……そしてシーナ殿もSレンジ。ここまで言えばお分かりになるでしょう?」
チロリと目を細められて、シーナはようやく「あ」と気づいたようだった。隣でルックが「君ってやっぱりバカだね」と呟いた。
戦闘隊形においてのSレンジ――すなわちそれは、前衛に出て攻撃をするタイプのこと。主に魔法使いや片手剣を使用するメンバーがこれに該当するのだが、何と今回のパーティでは戦闘メンバー六人中五人も該当者がいた。前衛に出るのはたったの三人。シーナはようやく現状というものを理解した。
「僕は詠唱を邪魔されたら困るから後衛だね。」
悪びれず、さも当然のように後衛に立候補したのはルックだった。確かに魔導師である彼の弁は理に適っているのだが、常々面倒なことは御免だとぼやいている彼のことだ、魔法詠唱にかまけて何もしない気満々なことは目に見えている。
「確かに、ルック殿(のステータス)は後衛向きですが」
「ちょっと待て、ルックもたまには打撃系の攻撃してみてもいいんじゃねぇか?」
「ダメだよシーナ、ルックはひいらぎこぞうも倒せないんだ!」
の「それは言ってはいけないだろう」的な発言に、全員の視線は一気にルックへと集中した。クラウスは自分が戦闘メンバーではないからか表情を変えることはなかったが、フリックは同情したのかすぐに視線を外し(しかし肩は震えていた)、カミューは得体の知れない笑みを浮かべ、シーナは腹を抱えながら涙目で爆笑した。マイクロトフに至っては心底気の毒そうな顏をし、何も言わずルックの肩に手を置いて静かに首を振った。
ルックはふー…と長い溜め息をついた。
「、君は一応曲がりなりにもリーダーだから選択権をあげるよ―――異世界の住人を召喚されるのと、風の刃に切り裂かれるのと、闇の世界に引きずられて行く(逝く)の、どれが良い?安心しなよ、どれも一瞬だから。」
美人を怒らせると恐いとはよく言ったものだ。今のルックはまさにそれで、言葉の随所に含まれる毒に加え、いつもの綺麗な無表情に恐ろしいほどの凄みが効いている。彼は本気だった。
ルックが額に蒼き門の紋章、右手に疾風の紋章、左手に闇の紋章を宿していることを思い出したは慌てて謝り、ついでに周囲の者も今のは聞かなかったことにすると約束した(否、させられた)。「あんた達に選択権はないからね、特にシーナ」これが決定打だった。
彼はあっさり後衛の席を自分のものにした。
「後衛は様とルック殿が決定ですね。ではあと一人――…」
クラウスが確認を取ると、勢いよく手を上げた人物がいた。
「はーいはいはい!オレ、立候補!」
シーナだ。冒頭でルックに「喧しい」と言われたことはすっかり忘れたらしい。
「だってクラウスは戦闘メンバーじゃないから最後尾になるだろうけど、結局魔物に襲われたら危ないのは一緒だろ?正面からならまだしも、背後から襲われることだってある。ってことは後衛にもカバーできる人間が必要だ。はともかくルックじゃ当てになんねーし、それならやっぱり親友のオレが何とかしてやらないと。」
以上が彼の弁。ごもっともな説だが、多少引っ掛かる点もあったのでフリックが訊ねた。
「おい…誰が、誰の親友だって?」
「だから、オレが、クラウスの」
「一体いつの間に―――…本気か、クラウス?」
「初耳です」
クラウスの返事は間髪入れずの即答だった。
ひでぇ!と大袈裟な程に頭を抱え喚くシーナには、「女にもフラレ、男にもフラレ…」というルックの呟きはある意味クリティカルヒットだった。しかし「女にはフラレてねぇよ!」と返ってきたので案外元気かもしれない。
「まあシーナ殿のおふざけはこの際置いておきまして、」
「お前、結構鬼畜だな…」
追討ちをかけられたシーナだったが、クラウスは特に気にも留めなかった。
「幸いフリック殿、マイクロトフ殿、カミュー殿には協力攻撃があります。ゆえに、シーナ殿が後衛に回られても特に問題はないと進言致しますが…様、いかがでしょうか?」
立ち直りの早いシーナは何だかんだ言って自分の意見が通りそうなことに喜んだが、彼以外は「後衛でも特に問題ない」は「前衛にいても役に立たないし」に言い替えられるような気がしてならなかった。
裏に隠された真意はともかく、とりあえずこの副軍師の言っていることが的を得ているのは確かだ。
「そうだね、僕はクラウスの言う通りでいいと思う…あ、フリックさん、マイクロトフさん、カミューさんは――…」
どうかな?とは目で訊いてみる。
「オデッサも退屈するのは嫌だろうしな、いいんじゃないか?」とフリックは頷き、
「将に軍師殿の仰せられたことであれば従わぬ理由などあるはずがない!我ら騎士の役目は剣を振るうことのみ!」とマイクロトフは相変わらず熱血で、
「マイクロトフ…殿とクラウス殿が我らに後衛をと仰せられたら、その役目すらなかったんだけどね」とカミューは相棒に爽やかなツッコミを入れつつ、
三人はあっさり快諾した。
「よし、これで万事解決だね!」
あーすっきり、とばかりに皆頷いた時。
やはり輪を乱す者はどこにでもいるものだ。
「ま、僕らが迷子だって事実は何も変わっちゃいないけどね…」
リーダーはこっそり思った。
どうしてルックはこうテンションの下げ方のツボを押さえてるんだろうか、と。
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