「だーかーらー、違うんだって!」
クレインが彼女をシトロ村の友人たちに紹介したのは城に帰って少し経ってからのこと。団長の帰還にようやく周囲が落ち着いた頃を見計らってのことだったが、その落ち着き感のせいでリウの珍しい大声が城内に響き渡っていた。 「リウ、顔が赤いな」 「あ、赤くねーよ!」 「そして焦っているな」 「焦ってもねーし!んで、お前らが想像してることも違う!」 「ホントかしら〜、ねえレン・リイン?」 「ちょ、レン・リインに振るなって!」 「私の口からは何とも。リウ・シエンの答えが私の答えですから」 「……レン・リイン、そー言われるとますます困るんだけど」 くすくすと鈴の鳴るような声で笑う彼女を、リウは泣きたい気持ちで見つめた。 これまでシトロ村で浮いた話など一つもなかった(それは他の三人にしても同じことだが)。それはいつもバカばっかりやってきたせいなのだが、もう二度と会うこともないと思っていた彼女の存在が引っかかっていたせいでもある。それが今になって誇張して晒されている気がして面白くない……というより、物凄く恥ずかしい。リウがスクライブであることよりも、その長になったことよりも、全身に線刻を施してきたことよりも、彼女を連れてきたことの方が驚きだと言うマリカは当然のこと、一部から鉄面皮と揶揄されているジェイルですらまるで新しいオモチャを見つけたような顔をしているのだ。 これではずっとからかわれ続けてしまう!とリウは必死になって弁明しているのに、しかし当のレン・リインは涼しい顔で笑っているだけ。否定も肯定もしてくれない。リウが泣きたくなるのも別に不思議なことではなかった。 「ほら、お前らいい加減にしとけよ」 天の助けとばかりにクレインが口を挟む。 「最初に紹介した通り、レン・リインはリウの幼馴染ってことでいいじゃねえか」 「クレイン……!」 リウは親友の助け舟に心の底から感謝した。そう、クレインはいつだって他人のピンチを見過ごすような男ではないのだ。確かに能天気で悪戯好きな面はあるけれど――…と思い立ったところで、リウはクレインの顔に浮かぶ嫌な笑顔に気がついた。それはマリカやジェイルと同じ、新しいオモチャを見つけたような顔で。 「ま、ちょっとっていうか相当‘大切な’幼馴染みたいだけどな」 「な……っ」 「あー、‘特別な’の間違いか」 ニヤリ。 そんな音が聞こえてきそうな笑顔の親友に、リウはたまらず叫んだ。 「だ、だだだ、だから、違うんだってー!」 以下、最初に戻ってループする。 ============================================================== シトロっ子たちは何かにつけてリウをからかうといいよ。 ============================================================== ▲TOP 例えば手を繋ぐにしても大きな違いがある。 そこに在るのが当然だと思っていたから、握るのに特に理由はなかった。森を駆けて遊ぶとき、大人たちの目を掻い潜ってたくさんの書物を盗み見していたとき、お菓子を分け合って食べるとき、大木に背を預けてうたた寝をするとき、真夜中の強風に揺れる木々のざわめきを恐れて眠れないとき――いつだって手の中には彼女のちいさな手があった。 「リウ・シエン、こうしてると昔を思い出さない?」 今、手の中にあるのもやはり彼女の手。少し休憩するかと二人で上がった屋上で、どちらからともなく手を繋いだ。それは幼い頃と同じで、そこに在るのが当然だからという感覚がきっかけだったかもしれない。 「けど昔とは全然違うだろー」 呟いて繋いた手に力を入れると、「そうね」と嬉しそうな声が返ってきた。 二人の手はもう幼い子供のものではない。彼女の指を一本一本大切そうに絡ませると、きゅっと握り返してきた。 「あなたの手、大きくなったわ」 「おまえの手っていうか指!なんでこんな細いの?折れそーで怖いんですけど……」 繋いだ手を顔の高さまで持ってきて、そんなことを言って笑い合う。 手の繋ぎ方だけでもこんなに違ってくるのだ。 笑うと細くなる大きな瞳、名前を呼ぶ優しい声、すべらかな頬に柔らかく伸びた長い髪。どれを取っても、幼い彼女はもういない。 それに気づくと同時、リウはいつも改めて思い知る。 レン・リインが自分にとって特別な意味を持つ女の子であること。 ============================================================== 一応ED後で。うちのリウは二人きりの時は自重しません。 ============================================================== ▲TOP おやすみなさいという声と一瞬だけ頬に触れたくちびるが離れると、リウは間抜けにもぽかんと口を開けたまま彼女の背中を見送った。触れた頬を中心にして顔中に熱が集中したのはその直後だったが、幸いにもこの場はリウの他には誰もいない。 (ほっぺにキス、か) 嬉しいのか恥ずかしいのか、どちらのせいか分からないが、とにかく今のリウは物凄くだらしない顔をしていた。 そしてふと思い出す。 (――でも、たぶんオレのが先だよな) まだ二人とも幼い頃だ。きっかけは「おいしそう」だったと思う。たまたま昼寝から目を覚ますと眼前に彼女の顔があったのだ。子供特有のすべらかな肌はとても柔らかそうで、スクライブの色の白さも相まって、彼女の頬はまるでマシュマロのようだった。寝惚けていたのもあるが、本当にお菓子のようだと思ったのだ。 ――そうして何となくそっと口づけたのが最初だった気がする。 (あれって三歳とか四歳とか、そんな頃?……なんつーマセガキだよ……) 自分のことなのに、少しだけ呆れ返る。 もちろんその事は彼女に言わなかったし、これからも言うつもりはない。今まで忘れていたくらいだ、自分にとってもその程度のことだったのだろう。しかしついでに思い出してしまったものに、リウの心情は一気に重くなった。 大切な少女の頬に口づける――もうその行為の意味を知らないほど子供ではなくて、けれどそれ以外に彼女に触れる方法がなかったくらい子供だった頃――樹海を出る前日だった。先に寝ていたレン・リインの頬にそっと触れた。起きて欲しい、けれど起こさないように、決して目を開けないように、静かに、そうっと。 そのとき、何か声をかけたはずだったが、リウはもう忘れてしまった。 『さようなら』 ……違う。 『元気で』 ……これも違う。 『 』 …………なんだっけ? 思い出せない。 思い出す必要は、きっとない。 彼女は目を覚まさなかったし、その翌日、二度と会えないことを覚悟してリウは樹海を出た。 だから、それで良いのだろう。そういうことにしておく。単細胞極まりないが、そう思い込むだけで心は軽くなる。 まだ熱をもつ頬を軽く抓ってみた。なかなか痛い。 (ほっぺにキス、か) 彼女はおやすみと言った。 じゃあ、それでいいじゃないか。三年前のあの日、自分もきっとおやすみと言ったのだ。真実は当時の自分だけが知っている、ちいさな秘密。 抓った頬から痛みはすぐに引いて、残ったのはレン・リインのくちびるの感触。 この部屋に誰もいないことを感謝しつつ、へらりと表情を崩した。かなりだらしない顔だ。 それが嬉しいのか恥ずかしいのか、どちらのせいかは分からない。いや、おそらく、きっと両方なのだ、ぜったい。 リウは精一杯の努力で表情を引き締めてから、ぽつりと呟いた。 「オレって幸せなヤツだよなー」 そうして、すぐにだらしない表情に戻った。へらりと。 ============================================================== リウはレン・リインにデレッデレですから。 ============================================================== ▲TOP 「うー…マジで疲れた……」 ふらふらとおぼつかない足取りで入ってきたリウをジェイルとマリカが迎えた。 「秘枢たる線刻の書、か」 「この書から星の印の力を得るには直接リウの線刻に触れなくちゃダメだもんね」 「それが大事なことだって分かってるんだけどさー」 書を身体に宿す事がこんな面倒なことだなんて。本の形をしていなくても良い、せめてポーパス族の連珠みたいな物であれば良かったのに。アストラシアなんて双剣なんだから手間が二分の一じゃん!と、嘆きながらリウは長椅子に倒れこんだ。 たかが握手、されど握手。手を握られるたびに書の記憶に対する反応をいちいち見せられるのは本当に疲れる。星を宿す者がこの城に何人いたのかなど、今は考えたくない。というか仲間が増えるたびにこれを繰り返すのか……と考えると疲れが増す上に何やら頭痛まで。 深く溜息をついたところで「リウ、お疲れー」とクレインが笑いながら入ってきた。 「ナニカヨウデスカ団長ー?オレできれば今日はもう休みたいんですけどー」 いつものふざけ調子ではあるが、リウの声は本当に疲れていた。顔も上げずにそのまま長椅子で寝入ってしまいそうな勢いに苦笑しながら、団長はリウにとってとんでもない爆弾を落とした。 「いやさ、レン・リインがまだだって言うから連れてきてやったんだけど」 「レ、レン・リイン!?」 顔を上げクレインの後ろにその名の彼女を見つけると、慌てて起き上がった。 「あー別にそのまま寝てていーぞ。レン・リインには勝手に触ってもらうから」 「いやいやいや、それはねーだろ!」 天然なクレインのことだ、言葉以上の意味は無いと思うがそれでも常識的にありえないと思う。ますます頭痛が酷くなった気がしてこめかみを抑えたところで、ふと気がついた。 「レン・リイン、他の書にはもう……?」 「ええ、全て」 「……そっか」 そうだろうとは思っていたが、やはり彼女も星を宿す者だったということだ。樹海で先に確認していれば今になって焦ることもなかったのだが、リウはあえてそれをしなかった。 星を宿す者となれば危険な目に遭うことも少なくない。スクライブの線刻は記憶を保つことができるらしいし、それなら星を宿さなくても彼女が一緒にいることに大きな問題はないはずだ。それは自分勝手な考えだったのだが、結局は意味がなかったのかもしれない。 「それで線刻の書が最後ってことか。分かった」 「あ、でも疲れているようだし、私は明日でも」 「別にいーよ。……たださ、」 クレインに視線を移し、ばつの悪そうな表情を向ける。 「あの、見られてるとなんかキンチョーするんだけど」 「へ、なんで?」 本気で意味がわからないという顔をされると、説明しにくくて困る。 「ほら、なんつーの、相手が幼馴染だとなんかこう、さ」 「なにそれ、意味わかんない。私たちは平気だったじゃない」 「だから、おまえ達とはちょっと違うっていうか……と、とにかく察しろよ!」 無茶言わないで、マリカも呆れたように言う。 「リウ・シエン、私は本当に明日でも構わないから……」 「や、レン・リインが気にすることないってゆーか」 この場合まったく気にされない方が寂しいのだが、気を使わせるのも的違いな気がするのでフォローしてみる。 もちろん緊張しているのは自分だけだ。いや緊張というのは精一杯言葉を選んだ表現であり、平たく言えば恥ずかしいだけなのだ。幼い頃は手を繋ぐことなど当たり前のことだったし、今だって友人たちの手を引っ張って走り回ることは珍しくない。ただ違うのは、目の前にいる彼女がただの幼馴染とは言えない存在になってしまったということだ。 かつてのような存在なら気にしない。けれどシトロ村の友人たちと同じには思えない。 (何でこう、ややこしー関係に……) 心中でぼやいてみても、しかしそれが嫌な関係ではないから自分でもどうしようもない。 リウは鈍感な友人たちの説得は諦め、 「〜〜ジェイル!」 年下ではあるが少なくとも自分よりは大人な頼みの綱に助けを求めた。だが心得たように頷いたジェイルが言い放ったのは、リウの求めたような言葉ではなくて。 「つまり好きな相手と手を繋ぐときくらい空気を読め、と。そういうことだろう?」 それはとても涼しい顔だったのだが、どこか自信たっぷりだった。その表情にクレインは「あー!」と納得したように手を叩き、マリカにいたっては「ゴメンね、後ろ向いてるからどうぞ」などと変な気の使い方をする。 レン・リイン一人だけが良く分かっていないように首を傾げている中、リウは疲れきった声で叫んだ。 「ジェイル、おまえが一番空気読んでねーよ!」 ============================================================== 実際は樹海で確認してるんでしょうね……(笑) その場合は姉姫にニヤニヤ見守られてれば良いよ。 どうでもいいですが、私はリウとレン・リインに手を繋がせるのが好きらしいです。 ============================================================== ▲TOP こんな森の中に何故きれいに磨耗された石が落ちていたのかなどと、幼い子供が考えるはずもなくて。ただ単純に、二人の共通した想いを確認する上で確かな約束を具現化したものが必要なだけだった。偶然にもそのタイミングで彼女の瞳と同じいろをした石を見つけ、同時に彼女も同じいろの石を見つけ、幸いなことに二人が手に取ったそれらと同じものはどこを探しても見つからなかった。ゆえに、二人が持つ緑の石は世界で二つしかないものだった。 リウが拾った石はレン・リインの手の中へ、レン・リインが拾った石はリウの手の中へ。 二人が見つけた二つの石は、簡単で、けれどとても難しい約束の証となって互いの中へ収められた。 これでいつもいっしょね ずっと、ずーっといっしょね 泣きそうになりながら、とても嬉しそうにその石を握り締めた彼女の顔は、きっと生涯忘れることはない。 だから一度は反故にしてしまったその約束を、今度こそ守りたいと思う。そこに「彼女が望むのなら」という大前提をつけてしまうのは、まだまだ成長しきれていない証拠だ。情けねーな!と叱りつけたくもなるが、相手が自分じゃどうしても甘くなる。とりあえず頑張れオレ!と気合を入れて、早数分。 目の前にいるのは大切な幼馴染。もう少女とは呼べないほど大人になった彼女は、再会したときよりも更にきれいになった。けれど穏やかな表情で見つめてくるその瞳が、今、手の中にある約束の石と同じいろということだけは変わらない。 親友たちの珍しく揶揄のない温かい声援はもう受けてきた。 あとは、自分が勇気を出すだけ。 約束を果たしたいのだと、彼女に伝えるだけ。 やかましい心臓の音を誤魔化すために深呼吸を一つ。 レン・リインの幼い声が頭の中で響き渡った。 これでいつもいっしょね ずっと、ずーっといっしょね 目を閉じれば、そのときの彼女の泣きそうな笑顔が浮かび上がった。 「レン・リイン」 彼女の名を呼び、覚悟を決めた。 ――オレはまたあの笑顔を見たいんだ。 石を握り締め、目を開けるとそれと同じいろの瞳と視線がぶつかった。きょとんと大きく開かれたそれが柔らかく細められ、同時に優しい声で名を呼ばれた。 それらひとつひとつの仕草に愛を感じると言ってしまったら、ただの惚気だろうと思われるだろう。 けれど、どうしようもないのだ。悟ってしまった。 「すいません!オレの負け、完敗です!」 そんな勢いの前置きを叫び、リウはようやく一生に一度の言葉を口にした。 ============================================================== リウのプロポーズ大作戦。 すいません、私だけがとてもとても楽しい思いをしました。ニコッ。 緑の石については公式さまが大した情報をくれなかったので(苦笑)、 そのうち当サイトの設定でちゃんとしたエピソードを書きたいです。 追記:書きました→「セイクリッド・スクライブス」 ============================================================== ▲TOP |