彼に星が宿るのはこれで三度目、そしてこれが最後だ。
「グレミオにはあの光が見える?」
少年は目を細めて遠方を眺めていた。その場所は視界を遮るものなど何もなく、目を決して細める必要は全くなかった。少年の仕草に多少怪訝そうに首を傾げたが、グレミオは彼と同じく遠方を眺めることにした。 「ひかり……あの星のことですか?」 「違うよ、もっと綺麗な光。 こっちに飛んでくる」 グレミオは更に目を凝らしたが、やはり彼の視線の先には月や星以外で光を放つものはない。グレミオはふるふると首をふり、大きな溜め息をついた。 「……坊ちゃん、また私をからかってるんでしょう」 僕にだけ見えるあのちいさな光、懐かしさと愁いを帯びながら、真っ直ぐに飛んでくる。 「グレミオは覚えてるかな」 「何をですか?」 坊ちゃんの話題はいつも唐突ですね。そんな言葉が浮かんできたが、グレミオはなんとか飲みこんだ。 「昔、すごく愛想のないヤツが“何か用?”ってさ……」 グレミオは少し首を傾げたが、まもなく「ああ」と笑った。 「覚えてますよ、ルックくんですよね」 それは昨日のことのように思い出せる。共に戦った日々、もっとも彼は相手が誰であろうと石盤の前で毒づくのが仕事だったようにも思えるが。その彼が、自分と同じで呪われた右手を持つと知ったのはいつのことだっただろうか。 「あいつはいつも一人でさ――…まぁ別に一人でもいいと思うよ。 本人がそれを望んでいる限りはね」 孤独という安息。それを望む気持ちならば痛いほど理解できる。 「僕とルックが背負ってたものは、逃げ出したくもなるけど向き合っていかなくてはならないものだ。 そしてそれを一人で耐えるのはとても辛い」 「坊ちゃん……?」 「ルックは逃げ出すことを良いと思わず、それでも向き合うほど強くはなかったんだ。だから孤独を望んだんだろうな」 「でも彼もまだレックナート様のもとにいるのでしょう? ならば孤独というにはあまりにも…」 「言っただろう? ルックは逃げ出すこともせず、でも向き合うことにも我慢できなかったんだ」 少年はグレミオには見えない光がこちらに飛んでくるのをずっと見据えた。 「今、お前がここにいなければ僕は毎日同じことを考えていただろうな。今後、僕にとってお前やテッドと同じ存在は現われるのだろうかってさ。 ――…感謝してるよ、グレミオ」 少年はにこりと微笑んだ。グレミオはその笑顔を訝しそうに見ていたが、やがてそれは溜め息へと変わった。 「ルックくんには、坊ちゃんにとってテッドくんのような存在はまだ見つからないのでしょうか?」 「……本人に聞いてみる?」 意外な返答にグレミオは目を丸くした。 光はまるでそこだけ別世界を思わせる飛び方で、しかしまっすぐに少年のもとへ飛んできた。迷うことなく、まっすぐに。 目の前に辿り付いた瞬間、小さな風が頬をくすぐった。 「何か、用?」 少年は面白そうに話しかける。それはかつてのルックがよく使っていた言葉。用がなければ話しかけてはいけないのかと何度文句を言っただろう。 「…僕を笑いに来たのか?哀れみに来たのか?それともその逆か。 きみは自分を笑って欲しいのか。哀れんで欲しいのか」 こんなことを言いたいんじゃない。 「止めなかったことを恨んでいるのか?」 違う、こんなことじゃない。 「ルック――…きみは愚かだ」 少年の絞り出すような低い声、それに反応するかのように小さな光がゆらゆらと揺れた。すると、その光に遅れてまた小さな光が飛んできた。それもまた愁いをまとい、しかし優しさや暖かさにも似た空気を振りまいていた。 「――…だれ?」 物言わぬ光はそのまま少年の周りをぐるぐると回り、やがてそのまま飛び去った。小さな光も後を追うように飛んでゆき、先程の光はそれはが追いつくまで少し先で静かに待っているようだった。 並んだ二つの光はやがて何処へと消えてゆき、静かな風が吹いては間もなく止んだ。 「坊ちゃん、どうしたんです?」 どれほどの時間が経ったか。少年はグレミオに声をかけられるまでずっとあの光のあとを見送っていた。 「――ルックくんには会えましたか?」 「お前、さっき光なんて見えないって言ったじゃないか」 「ええ、見えません」 「じゃあ、なんで…」 「坊ちゃんの顔を拝見すれば、何がどうなったかくらい……グレミオには何でもお見通しですよ」 グレミオはそう言って少し笑った。 「坊ちゃんには私がいるように、ルックくんにもそんな方が現れたんですね?」 少年は一度頷くと、満面の笑みを浮かべてこう言った。 「ごめん、グレミオ。 ちょっと背を向けててくれるかな」 「どうしてです?」 グレミオの当然のような問いに、少年は絞り出すような声で答えた。 「――…お前は僕が泣くところなんて見たくはないだろう?」 ようやく手に入れた、安まる場所。 僕は留まらないけれど、きみはそれを手に入れた。 羨ましいと思うことは、テッドやグレミオ、それにきみの愛するその人に失礼なことなんだろう。 それでも、今だけは、これだけは、言いたい。 「ルックの――…ばかやろう」 きみが死ぬ必要なんて、この世のどこにもありはしないのに。 君は眠る。 僕は留まらない。 優しいきみよ 僕はきみを忘れない。 END |