ALL YOU NEED IS LOVE




 風が耳元がくすぐったのかと思い、ソフィーは少しだけ身じろいだ。しかし実際動かそうと思った身体はしっかりと抱きすくめられていて、あら、と思ったときには頭の上の方からくすくすと笑い声が落ちてきた。
 見上げると、恋人が悪戯っぽく笑っている。

「お目覚めかな?」
「ごめんなさい、ハウル。 私、いつの間にか眠ってしまったのね…」
「こんな上天気じゃ仕方ない。 僕だってきみの寝顔が見れるって特典がなけりゃとっくに寝てるさ」


 初めは花を摘みに来ただけだった。ソフィーは嬉しくて、つい足取りも軽く走り出しそうになり何度か転びかけた。そのたびにハウルは彼女の手を取り苦笑いをしていた。
 花を摘むならいつでもできる――それがこんなにも嬉しいのは、天気が良くて風も爽やかで、何よりも今日はハウルが一日中一緒にいられると言ったからだった。
 逃げるのはもう嫌だと自ら師匠のもとへ足を向けたハウルだったが、しかし後継者の話だけは勘弁ということで、結局は以前と変わらず慌しい生活を送っている毎日だ。だから、何の心配もなくハウルがそばに居てくれるのはソフィーにとって最上の喜びなのだ。
 それは逆も然り、彼女がお店に出す花を摘みに行きたいといえば、ハウルも二つ返事で手伝うと言った。城の中では二人きりというわけにはいかないし、一緒にいられると言っただけで「嬉しい!」と跳ね上がって喜んでくれたソフィーの顔を見たら、ハウルはそれ以上何も言えないのだ。

 花をある程度の種類はもちろん城に飾るぶんまでも早々に摘み終え、柔らかい草の上に寝転んだのは、実はハウルの方が先だった。
 久々にゆっくりできると深く息を吸い込む彼の横ではソフィーが見事な花冠を編み上げていて、出来上がると今のところ黒髪のままであるハウルの頭上にちょこんと乗せてみたりした。
 あなたは綺麗な顔をしているから黒髪でも金髪でも花が映えるわね、そう言ったソフィーの手をつかんで抱き寄せてからさんざんキスの雨を降らせたのち、ハウルはお決まりの言葉をささやいた。
「ソフィーは本当に可愛いなあ」

 そのまま二人でどちらの手のひらが大きいだの指が細いだの肌が白いだのと、くだらないことでじゃれて笑い合っているうちに、ソフィーはうとうとと目を閉じてしまった。
 気持ちの良い風が駆け抜けてゆく中、彼女を起こそうなどと無粋なことをハウルがするばずがなく。ちいさな寝息をたてる彼女の頬に一度口づけて、抱きかかえたまま空いた手で星色の髪を梳いた。


「私、あなたの方が先に眠ってしまうと思ったわ」
「どうして?」
「わからない。ただ、そんな気がしていたの。 あなたが眠ったら、私も目を瞑ろうって思ってたのに」
 実際は私の方が先だったけど、とまだ少し眠気を含んだ声で笑う。そして頭を持ち上げて、上からハウルの顔を覗き込んだ。
「ごめんなさい、ずっとそばにいてくれたのね。 …疲れたでしょう?」
 なにが、とハウルは問いそうになったが、それは腕のことを言ったのだろうとすぐに気づいた。ソフィーが寝ている間、彼はずっと腕枕をしていたのだ。彼女がそんなことを言うのにわざわざ起き上がったのが何よりの証拠。まさか腕枕のことを心配させるとは思いもせず、ハウルは肩を揺らして笑った。
「僕は本当に情けないな。 ソフィーにそんなことで心配をかけてしまうとはね」
「ハウルが情けないなんて思わないわ! ただ迷惑をかけてしまったんじゃないかしらと思ったのよ」
 申し訳なさそうに眉を寄せるのがまた可愛らしく、ハウルはたまらず抱き寄せた。
「まったく、きみって人はどうしてそんなに可愛いんだい? 寝ても覚めても僕はきみに夢中になってしまう」
 草の上で横になったままで、ぎゅうと抱きしめる。ソフィーは「もう!」と顔を赤らめたが、その腕を振り払おうとはしなかった。
 大人しく腕の中に収まってくれている恋人に満足しながら、ハウルはくすくすと笑いをもらしながら言った。
「本当は何度か起こそうとしたんだ。 でもきみが寝言で僕の名前を呼んだから、邪魔しちゃ悪いと思って」
「…うそ」
 目を丸くするソフィーに、悪戯っぽく笑う。
「嘘じゃないよ」
「うそ!」
「本当だってば」
 ソフィーはすっかり顔を隠してしまい、もう何も言い返さなかった。しかし腕の中で真っ赤になっていることは確かだとハウルは思った。
 そしてそれと同時になんとなく意地悪をしてみよういう考えがムクムクと湧きあがり、ハウルはソフィーの耳元に吐息のかかる距離でささやいた。
「ねえ、きみは笑う? 僕がきみが見ている夢の中にいる僕に嫉妬したと言ったら」

 二人の上を駆ける風が少しだけ冷たくなったような気がした。しかしなかなか頬の温度がなかなか下がってくれないソフィーには気持ちの良い限りで。彼のために作った花冠がいつの間にか自分の頭に飾られているとかそういえばお店に出す花はどこへ置いたとか、どうでも良いことが頭の中を駆け巡ったが、結局は何も考えられなくなってしまった。
 彼の言葉は、彼の口から紡がれた段階ですでに魔法となる。ソフィーは言葉通り、腰が砕けてしまったらしい。
「どうしたの、ソフィー。 また眠くなってきた?」
 ハウルは心持ち身体を預けてきた彼女にくすりと笑った。腕の中からくぐもった否定の声が聞こえてきて、ハウルはますます笑いが止まらなくなった。
 愛しい、愛しい、愛しい!
 自分に心臓があるということや、あの契約の夜にソフィーが名前を呼んでくれたことや、そしてその彼女が自分を愛してくれているという喜び。
 そんな堪えきれないようなくすぐったい想いに、ハウルは全身全霊で感謝した。
 そして。

「じゃあ、もう少しだけ甘い時間を過ごすとしますか」

 俯いたままの顎を長い指でそっと持ち上げると、愛しい人は上目遣いに困ったように笑う。
 ハウルは目を細めながら彼女の白いまぶたに、いまだ紅さしたような頬に、星色の髪へとくちびるを寄せ、最後には深く深く吐息を重ねた。






END




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