遊 園 地




「ロンとハーマイオニーがまた喧嘩してるんだ」
 ハリーがぼやきながらシリウスを訪ねたのは数分前のことだ。シリウスは丁度バックビークにエサをやりに行っていた。
「……またか?」
「うん」
 ロンとハーマイオニーの強烈な口喧嘩はもはや恒例のものと化していて、常に一緒にいるハリーはもはや突っ込みを入れる気すらなくなっていた。それを幾度となくシリウスに相談したためか、彼もすぐに状況を察したようだった。
「まあ…それは仕方ないからな」
 苦笑しながら、シリウスはハリーを部屋に招き入れた。

 バックビークは完全にシリウスに懐いていて、ハリーに対してももう気構えることはほとんどない。当然、礼儀を忘れれば痛い目を見るのだが、この場ではその心配はなかった。二人はバックビークにのんびり背中を預けていた。
「ロン達は喧嘩ばっかりだし、僕もシリウスもこの夏はずっと閉じこもりっきり。災難だよねー」
「いや君はまだいい方だぞ、ハリー。ディメンターと戦うハプニングがあったじゃないか?」
「あれこそ災難だよ…」
「前も言っただろう?俺なら願ってもない事件だ」
 シリウスがにやりと笑うと、ハリーは思わず吹き出した。
 確かに帰りたくもなかった実家に縛り付けられている彼にしてみれば、かつての自分の看守の存在すら最高の刺激になるのだろう。もっとも、この名づけ親はそんなことを言ってしまえばそれを即実行しかねないので黙ってはいたが。

「でもこうしてシリウスと夏休みを過ごせるとは思ってなかったから、これはこれでラッキーかも」
「毎日が大掃除でも、か?」
「う…ま、まぁダーズリー家にいるよりはパラダイスだよ」
 ハリーは苦笑した。確かに掃除ばかりの夏休みもどうかとは思うが、実際ダーズリー家でもテレビすら見せてもらえなかったのだから状況はあまり変わらない。それにろくに届かないフクロウ便を待つよりは、こうして直接話しができるのはハリーにとって何よりも救いになっていた。
 シリウスはそうか、とハリーの頭に手を置き嬉しそうに笑った。しかしふと真面目な顔になって、そういえば、と呟いた。
「ふと思ったんだが、俺はまともにハリーを遊びに連れ出したこともないんだよな。…これはまあ例え話になるけど、どこかに遊びに行くとしたら、君はどこに行きたい?」
 ハリーは間抜けにもあんぐりと口を開けてしまった。そして「え、えっとね!」と慌てふためいた。シリウスが例え話と前置きしてくれたのは助かったかもしれない。ハリーはシリウスと休日に出掛けることを一瞬で想像して、顔がにやけるのを必死で我慢しなければならなかった。これが実際に行けるとなる話だったなら、その我慢はあっけなく無駄に終わったことだろう。
 ハリーは人並みの夏休みを送ったことがない。それはホグワーツに入学してからもだ。前半は何かと孤独に過ごし、後半は大体トラブルに巻き込まれていた。昨年はワールドカップを楽しめたものの、やはりトラブルで終わってしまったし、何よりもシリウスと一緒に過ごすことは適わなかった。
 しかし一方で人並みな夏休みを夢見ることはあった。従兄弟の親から受ける滑稽なほどの愛情を目の当たりにしながら育ったのだから無理はない。孤独な間は家族と過ごす休日を想像しようにもできないでいたが、今はシリウスがいる。シリウスはハリーにとって唯一の家族だ。

「ゆ、うえんちとか……はどうかな?」

 ハリーの頭の中にはさまざまなテーマパークが浮かんでいたが、真っ先に口を割って出てきたのはこの遊園地という言葉だった。
「遊園地?」
「うん!動物園とかはね、ちょっと…あまり良い思い出がないから」
 ハリーは11歳の時に自分がパーセルマウスだと気づかずに、動物園からヘビを逃がしてしまったことを話した。以前ロンとハーマイオニーに話した時は大層驚かれた話だったが、シリウスは「さすがだ!」と豪快に笑ってくれた。
「遊園地か、そういえば俺とジェームズも一度だけ行ったことがあるな」
「えっ父さんも?」
 ハリーが驚くとシリウスは笑いながら頷いた。
「ジェームズに付き合ってリリーの家に行ったら、アポなしだったばかりに追い返されたんだ。で、そのまま帰るのも癪だからマグル式の憂さ晴らしに行ってみた」
「うさ晴らしって…」
 ハリーは本来の遊園地の用途とは少しずれている気がしたが、シリウスは全く気にしていないようだった。
「何ていったか…あの線路みたいな物の上を凄いスピードで走るヤツ」
「ジェットコースターのこと?」
「ああそう、そんな名前だったな。あれは楽しかった!俺もジェームズも箒で飛ぶときは無茶なスピードを出したもんだ。まさかマグルの世界で体感できるとは思ってなかった。遊園地か…ジェームズといつかもう一度来ようって言ってて………そうか、ハリーも行きたいか」
 一度切ってから呟くように訪ねられた言葉に、ハリーはどう返せばよいか分からなかった。シリウスが心なしか目を細めた。ハリーの目にはそれが嬉しそうにも見えたし、また過去を懐かしんでいるようにも見えた。
 何となく言葉をかけずらい雰囲気だったが、シリウスはそれを吹き飛ばすように笑った。
「――よし、全てが終わったら一緒に行こう、絶対行こう!」
「へ?」
「遊園地だよ!君が行きたいって言ったんだ、何もかもが終わったら俺が連れて行ってやるよ!」
 ハリーは眼鏡の奥で目を丸くした。そしてすぐに口元をきゅっと硬く結んだ。自分が今とても変な顔をしているという自覚はあったが、これはもう仕方が無い。こうでもしなくては本当に嬉しくて、どんな顔をしてしまうか想像ができなかった。
 怪訝そうにしているシリウスに見られないように、ハリーはバックビークの羽根に顔を埋めて「楽しみだな」と呟いた。その小さな声をシリウスは聞き逃さなかったのか、満足そうに頷いた。

「リーマスも誘ったら来るかなー…でもあいつは人ごみで貧血とか起こしそうだからな…」
 後ろから真剣に悩んでいる声が聞こえる。ハリーはなんだか胸の辺りがくすぐったい気分になってきて、とうとう吹き出してしまった。
 なんだ?と首を傾げるシリウスがまた可笑しくて、ハリーは笑いが止まらなくなった。
「このご時世、そんなこと真剣に考えるのはシリウスくらいだよ?」
「分かってないな、ハリー。俺は人生を存分に楽しむ主義なんだ。楽しいことを考えるのは俺の義務なの!」
 自信たっぷりに話す偉そうなシリウスに、ハリーはますます笑いが止まらない。ついにはバックビークまで
鳴き始めてしまった。
 シリウスは何がそんなに可笑しいのかと思っていたが、笑うハリーを見ている内にどうでもいいかという気になったらしい。結局は彼も一緒に笑い出した。


 ――夕食時、シリウスが真剣な顔でリーマスに訊ねた。
「お前、人ごみは平気なタイプか?」

 ハリーが再び爆笑したのは言うまでもない。





END




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