WEEKEND DEBUT





 三本の箒の喧騒の中、妙に際立つ声が響いた。

「「ハイ、マダム・ロスメルタ。ご機嫌はいかがですか?」」

 目立つのも当然のこと、声を揃えてそう言ったのはまだ若い少年二人。大人の中を掻い潜り、カウンターの真ん中に陣取った二人は、子供ながらに大人ぶった 仕草が可愛らしく、同じ年代の少年と比べて容姿も整っているのが印象的だ。おそらく周囲の女の子たちは彼らに夢中だろう、そんなことを想像するのは容易な ことだった。

「今日はずいぶん可愛らしいお客様がお見えね。お初だったかしら?」
 込み上げてくるクスクスとした笑いをなんとか押し込めてマダムは言った。
「そうです。僕たちはホグワーツの三年生なんですよ。」
「ここに来るのを許されたのは今日が初めてなんです。」
 な、と見合わせる二人の表情には、初めてこの場所を訪れたという緊張はどこにもない。容姿的にはどこも似てはいないのに、ちょっとした行動や言動がそっくりなことも、今この場にいるという余裕を印象付けていた。
 一人はくしゃくしゃの黒髪に眼鏡をかけ、もう一人は同じく黒髪だが真っ直ぐで顔立ちも綺麗だ。共通するのは瞳が妙に悪戯に輝いていることだけ。
 まったく似ていないがそっくりなこの二人、マダムは彼らが誰であるかをすぐに悟った。
「いつ来て下さるのか楽しみにしていたのよ、私。」
 相手は少年とはいえ、この二人は立派なお客。精一杯のおもてなしをしなくては。マダムは周囲の客が羨むような最高の笑みで二人を歓迎した。

「ミスター・ポッターとミスター・ブラックね?ホグワーツの伝説のお二人にお会いできて光栄だわ。」




 
 賑やかなホグズミードは、週末にもなると更に喧騒が増す。それはホグワーツの三年生以上の生徒がやってくるというのが理由に挙げられるが、人気のバー「三本の箒」にもそれが当てはまるかといえば少し違う。
 実際この店にやって来る生徒は少なくない。しかし、実際この店を賑やかにしていたのは、羽根を伸ばしにやってくる教師や魔法省の重役などの面々がほとんどだったりする。今日こそは姿が見えないが、森番のハグリッドもカウンターで名物・バタービールを呷る常連の一人だ。
 当然伝説と謳われた二人がこの店に足を踏み入れたのも、そのバタービールが目当てだ。しかし本来の目的は、人とは多少ずれている。事の起こりは今朝、朝食に少し遅れてきたシリウスのろくでもない一言からだった。

「俺、やっぱり天才かもしれない。」
そう言いながら彼が差し出したのは、何も変哲のないただのタブレットだった。数粒しかなかったが、色といい形といい、市販のそれと大して差はない。しかし彼の言動と得意満面の顔を照らし合わせれば、どのような経路でこの場所にあるのかは一目瞭然だった。
「天災の間違いだろう、シリウス。お前が作った訳の分からないパウダーで、リーマスが腹を下したのは一週間前のことだぞ。」
「・・・・・・ジェームズ、頼むからそういうことは小声で言ってくれないかな。」
 リーマスはジェームズを睨みつけると、口に入れかけたウィンナーを皿に戻した。案の定、隣のテーブルの女生徒がこちらをチラリと見て何やら小声で話している。
「あれは失敗作なんかじゃなかった!俺はスネイプのホットチョコレートに仕掛けたんだ。意地汚く手を出したリーマスが悪い。」
「意地きた…失礼だな!だって、セブルスが飲まないって言ったから!」
「結局は同じことだろ。」
 大声で騒ぐリーマスの横で、ピーターは黙々と食事を続けるジェームズに問い掛けた。彼はすでに他人のふりを決め込んでいた。
「ねえ、あのパウダーって結局は何だったの?」
「なんでも『変身術の授業に限って極端にトイレが近くなる』パウダーらしい。とりあえずスネイプがマクゴナガル先生に『先生、トイレに行ってもいいですか?』と言うのを見たかったらしいけど。」
 材料や原理は聞く気にもならないな、と溜め息をつく。ピーターは乾いた笑いを漏らした。そこで「君も同じだよ」と口走らなかったのは正解だったかもしれ ない。ジェームズから貰ったキャンディ――これは明らかに失敗作だった――で、彼が密かに腹を壊したのはわずか三日前のことだったからだ。
「とにかくあのパウダーのことは忘れろよ。今回のタブレットはお前に仕掛けたりしないからさ。」
 リーマスの強烈な一瞥を受けながらも、シリウスはからからと笑った。いつもは大人しい彼が珍しく声を荒げる理由を知っていたからだ。

―― 初めてホグズミードに行ける!

子供ながらの高揚感だ。少なからず浮かれる気分が興奮を呼んでいるのだろう。その証拠に三年生のほとんどが妙に浮き足立っており、ピーターも頬を紅潮させていた。
落ち着いているのはシリウスとジェームズの二人くらいだ。

「―――で?どうするんだよ、そのタブレットをさ。」
ジェームズが言った。答えが分かりきっている質問だ。しかし彼らにとって、それは一種の合言葉のようなもので、これがなくては始まらない。
「せっかく俺たちがホグズミード・デビューするんだ、派手に祝わなきゃな!」
シリウスは最高の笑みを浮かべて言った。思わず周囲の女生徒の黄色い悲鳴を上げたが、彼がそれに動じることはなかった。羨望の眼差しも、尊敬の歓声も、そ れがすでに当然となってしまっている四人には大したことではないからだ。そしてそれと同じくらい、誰に対する可愛らしい――と本人たちは言ってはばからな い――悪戯も、慣れていた。
 




「まぁそうなの。それでそのタブレットを?」
「ええ、ゾンコの店に売り込もうとしたんですけど・・・ほら、僕らってまだ三年生だし、相手にしてもらえなくって。」
「まあ現実だけを見れば、そんなの当然なんだろうけどなー。」
 せっかくの傑作なのに、とシリウスが肩を竦めた。隣のジェームズもまったくだと大きく頷く。大人のように振舞ってはみても、その様子を見る限りまだ少年らしくて微笑ましい。現に、彼らがオーダーしたのはアルコール抜きのバタービールだ。
 彼らが何故ホグワーツで伝説となっているのか、その理由はマダムの耳にも幾度となく入っていた。当然、その情報源は彼らの先輩にあたる生徒になる。しか し、こうして実際本人たちと会話をしてみると、どうにも描いていたイメージと違う。やはり彼らは他の生徒より少しだけ優秀な「普通」の生徒だ。
 それはマダムだけではなく、周囲の客の目にも同じように映ったようだ。確かに、常連である自分達を差し置いて麗しのマダムの正面カウンターの席に居座る のは気に入らない。しかし実際のところ礼儀は正しいし、トークも洒落ていてとても楽しい。「なんと賢い少年たちだろう。」と誰もが思ってしまっても仕方の ないことだ。
 ここにホグワーツの教員やハグリッドがいなかったのが運の尽き、魔法省の官僚までもが周囲と同調した。
 だからこそ、マダムの口から飛び出した言葉は彼女だけの責任ではないのだ。

「せっかくだし、そのタブレットの効果を見てみたいわ。」

 その時のジェームズとシリウスの表情を言葉で表現するにはとても難しい。近いものを挙げるとしたら、それは今朝、食堂で周囲の女生徒を虜にしたあの笑顔しかないのだろう。
(言われなくとも!)
 声に出ることはなかったその返事を合図に、二人は顔を見合わせ大きく頷いた。

 ちょうどその時――これもまた合図を見計らったかのタイミングだった――またもや際立つ声が響いた。
「リーマス、やっぱりあの二人ってば先に飲んでるよ!!」
「何だって?二人とも酷いじゃないか!」
 振り向くと、入り口にピーターとリーマスが肩をいからせて立っている。走ってきたのだろうか、少し息を切らせているようだった。
 二人は――特にリーマスだったが――どすどすと足音を鳴らしながらカウンターへやって来た。ギャラリーも何事かとざわめきながらも、少年の剣幕に押されて思わず道を作ってしまう。
「先に行って席を取ってるなんて僕らを置いて・・・結構な身分じゃないか、二人とも!」
 リーマスはカウンターですっかりくつろいでいる二人に怒鳴りつけた。ピーターも多少は怒っているようだが、リーマスよりは冷静でいるらしく、ギャラリーの中に魔法省のお偉方の姿を見つけては肩を竦ませていた。
「悪いな〜リーマス、ピーター。マダム・ロスメルタの手前、何も注文しないのは失礼だからさ――――ってシリウスが。」
「な・・・ジェームズお前、俺の所為にする気か!?」
 不毛な言い争いも、空になったジョッキを抱えていては何の説得力にもならない。
「席を取るなんてのは建前で、本当はマダム・ロスメルタをナンパしようとでも思ってたんだろう!」
「誤解だよリーマス!シリウスはともかく僕にはリリーがいるし・・・」
「おいジェームズ、俺はともかくってどういう意味だ。」
「問答無用!このことはリリーに報告する上に、今日の分は全部シリウスの奢りってことにさせてもらうからね!」
普段物静かなだけに、リーマスは怒ると手がつけられない。「それは勘弁してくれ!」と情けなく叫ぶ二人はそのまま無視し、リーマスとピーターも隣の席に腰掛けた。
 喚く二人はとりあえず大義名分は忘れていなかったらしく、リーマスとピーターの分もカウンターの正面に席を取っていた。
 マダムは彼らの一部始終から、新たに増えた可愛らしい客が誰なのかすぐに理解したらしい。泡立つバタービールをカウンターに出し、またもや最高の笑みで歓迎した。
「あなた方のことも聞いてるわ。ミスター・ルーピンとミスター・ペティグリュー、ようこそ“三本の箒”へ。」
 リーマスとピーターも笑みを返し、未だ隣で騒ぎ続ける二人をあっさり無視してホグズミード・デビューを祝って乾杯した。リーマスは怒鳴りすぎて喉が乾いたのか、口の周りいっぱいに泡が付くほど一気に飲み干した。
「そんなに一気に飲んじゃ勿体ないよ。」とピーターは言ったが、
「全部シリウスの奢りだから気にしないよ」と笑った。
 



 さて、これより数時間後、ホグワーツのグリフィンドール寮では英雄と称される二人の非常に情けない姿が確認された。ジェームズ・ポッターは可愛い恋人に 泣きべそをかきながら土下座し、シリウス・ブラックは実家に小遣いの送金依頼の手紙にあの手この手の言い訳を書いていた。当然、吼えメールを覚悟して。
 しかし、最後のオチは更に数時間後に訪れた。寮監のミネルバ・マクゴナガルの部屋で、二人はこっぴどく説教を受けることになる。昼間、“三本の箒”で繰り広げた騒ぎが彼女の耳に届いてしまったのだ。

「ポッター、ブラック!あなた方がタブレットを仕掛けたバタービール・・・一体誰の口に入ったのか分かりますか。」

 あの後、三本の箒はいつも寮で繰り広げられるような騒ぎになり、結局はタブレットの効果を披露することはなかった――――というのはただの表向きで。実は二人でこっそりとまだ誰も手をつけていないバタービールにタブレットを仕込んでいた。
 もっとも、彼らはそれがばれる前――結局はこうしてばれたわけだが――に退散していた。どこの誰か知らないが、洒落のわかる大人がそれを口にすることを祈って。

「今回、あなた方の“可愛らしい”悪戯の犠牲者となったのは、魔法省大臣ですよ!」

 ・・・・・・どうやら祈りは通じなかったらしい。顔を真っ赤にして怒るプロフェッサーに、二人は盛大な溜め息をついた。大臣はどうだか知らないが、とりあえず目の前の彼女には洒落が通じないことは証明された。
「すいません先生、初めてのホグズミードだったので少々はしゃいでしまって。」
「悪気はなかったんです。まさか大臣があの場にいらっしゃるとは思わなくて。」
 お決まりの言葉で反省するふりをしてみるも、さすがに今回は通じない。ミネルバ・マクゴナガルは吊上がった目を更に吊り上げぴしゃりと言った。

「少々はしゃいだ?悪気はない?一体どこをどうしたら、それが大臣の耳や口から打ち上げ花火が吹き出す惨事になるのですか!」

 シリウスの作ったタブレットとは、どうやら口にした者の体から花火が吹き出す効果があったらしい。「派手に祝う」の意味を多少履き違えている感は否めないが、今回はどうにも相手が悪かった。
 ジェームズが「ああ、やっぱり天災だよシリウスは」とぼやいても後の祭り。何もかもを知っていながら共謀した彼をはじめ、シリウスがなんとか道ずれにしようと頑張ったおかげでリーマスとピーターも共犯と見なされ、結局は四人とも減点の対象となった。

 時間にして夜半過ぎ、プロフェッサー・マクゴナガルお得意の言葉がホグワーツに響き渡った。


「ポッター、ブラック、ルーピン、ペティグリュー!それぞれグリフィンドールから50点減点!!」





 それは華麗なる週末の、ホグズミ−ド・デビューの日。三年生にしてすでに伝説となりつつあるこの四人組が、どこまでグリフィンドールの点数を落としていくのか、この日もまた伝説の一ページに華を添えた。

 騒ぎが一段落した夜、マダム・ロスメルタが「やっぱり伝説は嘘じゃなかったのね・・・」とこっそり溜め息をついたことは誰も知らない。





END









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